専門性の境界を見極める:「リファー」はキャリアコンサルタントの最重要スキル

こんにちは。ビヨンド・ワーズの越(1級キャリアコンサルタント技能士)です。

相談者一人ひとりの人生に深く向き合う中で、私たちの専門性の限界に直面する瞬間は少なくないのではないでしょうか。

今回、焦点を当てるのは、まさにその専門性の境界線を見極め、適切な支援へとつなげる「リファー(referral)」という重要なスキルです。

この記事を書こうと思ったきっかけは、キャリアコンサルタント更新講習の事例検討で「リファーって、簡単に言うけれど、実際のところどうすればいいかわからない。ただ単に、紹介して終わり、ではないだろうし。」というお声を聞いたのがきっかけです。

リファーは、単に「手に負えないから誰かに任せる」という消極的な行為ではありません。
これは、相談者の利益を最優先するために、他の専門家や関係機関と積極的に連携し、より質の高い包括的な支援を実現するための、国家資格保有者としての不可欠な責務です。

1. なぜリファーは重要なのか:倫理的責任と社会的役割

リファーの根拠は、厚生労働省が定める「キャリアコンサルタント倫理綱領」に明確に記されています。特に重要なのは、「任務の範囲・連携」を定めた第8条です。 この条文は、キャリアコンサルタントに二つの義務を課しています。

一つは、「自己の専門性の範囲を自覚し、その範囲を超える業務を引き受けてはならない」という「消極的義務」です。そしてもう一つは、「必要に応じて他の分野・領域の専門家の協力を求めるなど、相談者の利益のために、最大の努力をしなければならない」という「積極的義務」です。

この二つの義務は、実はリファーという行為によって統合的に満たされるものです。例えば、相談者が深刻なメンタル不調の兆候を示していると判断した場合、私たちは安易にカウンセリングを試みるのではなく、自らの専門性を超えるコンサルティングを回避しつつ、医療機関という適切な専門家へつなぐことが求められます。この一連の行動が、相談者の安全と利益を守るためのプロフェッショナルな判断です。

2. リファーを実践するための3つのポイント

では、具体的にどのような状況でリファーを検討し、どのように実践すれば良いのでしょうか。リファーを成功させるための具体的なポイントを解説します。

(1)相談者の「複合的な問題」をアセスメントする

キャリア課題は、単一の問題でなく、メンタルヘルス、法律、家庭環境、経済状況など、複数の要因が複雑に絡み合っていることがほとんどです。例えば、キャリアチェンジを望む相談者が、実は職場でのハラスメントに苦しんでいたり、介護と仕事の両立に悩んでいたりするケースです。 こうした複合的な問題の「ゲートキーパー」としての役割を担うのが、私たちキャリアコンサルタントです。

キャリアの相談を入り口として、その背後にある真の課題をアセスメントし、必要に応じて、医療、法律、公的な福祉窓口など、より適切な専門家へつなぐ判断力が不可欠となります。

(2)「見捨てられた」と感じさせないコミュニケーション

リファーの提案は、相談者にとって「見放された」と感じさせてしまうリスクを伴います。これを避けるためには、コミュニケーションが鍵となります。

単に「私には対応できません」と伝えるのではなく、「あなたの問題をより深く、包括的に解決するためには、私の専門性を超える、〇〇の専門家によるサポートが必要です。私も引き続き、あなたをサポートするために連携を続けます」といった、前向きなメッセージを伝えることが重要です。 また、リファーは必ず相談者の合意のもとに行う必要があります。

「あなたはうつ病だから心療内科に行くべきだ」と断定するような伝え方は避け、あくまで相談者の自己決定を尊重した上で、次のステップを促す丁寧な対話を心がけましょう。

(3)日頃からの「専門家ネットワーク」の構築

いざという時にスムーズにリファーを行うためには、多岐にわたる専門家とのネットワークを日頃から構築しておくことが不可欠です。

心療内科、弁護士、公認心理師、ファイナンシャルプランナー、創業支援コンサルタントなど、それぞれの専門家がどのような領域に強みを持つかを把握しておくことで、より適切なリファー先を選定できます。これは、倫理綱領第8条が私たちに課した「他の専門家との連携」という義務を果たす上での基礎となります。

3. まとめ:リファーは信頼性を高める

キャリアコンサルタントの仕事は、相談者個人の問題への対応だけでなく、社会全体のキャリア支援システムを支える重要な役割を担っています。適切なリファーの判断と実行は、私たち一人ひとりの専門性の高さを証明するだけでなく、キャリアコンサルティング制度全体の信頼性を高めることにつながります。

皆さんは、ご自身の専門性の範囲をどのように捉え、どのような専門家とのネットワークをお持ちでしょうか。

ぜひ、日々の業務の中で、ご自身の「専門性の境界線」について考えてみてください。

そして、その境界線を越える問題に直面したとき、リファーを活用し、より良い支援へつなげていきましょう!

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